生成AIがビジネスに浸透する今、アナリティクス市場においても生成AIや自律型AIエージェントの活用が進みつつあります。しかし、多くの企業では「AIアシスタントを導入したものの、社内データの要約や簡易な分析にとどまっている」のが現状です。
これまでのビジネスプロセスでは、ユーザーが複数の業務画面やダッシュボードを横断して結果をかき集め、意思決定を下してきました。
しかし近い将来、このようにユーザーが個別の画面を次々と開いて判断する時代は終わりを告げます。SAP Jouleのような統合されたAIアシスタントとの対話を通じて、企業の現状を即座に把握し判断を下す「オムニチャネルAI」の時代が必ず到来するのです。
この未来を勝ち取るための絶対条件として、私たちが提唱し続けている「クリーンコア(Clean Core)」への移行が必然といえるでしょう。
「画面を開く・読み解く」時代から、「問いかけ・指示する」時代へ
これまでのERPやBI(分析)プラットフォームは、「いかに優れた自社独自の画面(ネイティブUI)を作り、ユーザーをそこにログインさせ、常に留まらせるか」という点に重点が置かれてきました。
しかし、チャット形式のAI駆動型インターフェースの台頭により、これまでのユーザビリティの常識は根底から覆りつつあります。
多くのユーザーは、インサイトを得るために深いメニュー階層を自ら「操作(ナビゲート)」することを望んでいません。なぜなら、複雑なシステムの中で「今自分がどの画面の、どの階層にいるのか」を常に記憶し、意識しなければならない認知的負荷が非常に高いからです。
その点、チャット形式のAI駆動型インターフェースであれば、自然言語で「問いかけ、指示する」だけで済みます。このインターフェースを通じて統合されたAIエージェントが、裏側で直接データにアクセスし、結果を抽出し、次にとるべきアクションの示唆までを提示してくれます。
Gartnerが予測するように、数年内にはユーザーが従来の業務画面を見ることなく意思決定を下す「ヘッドレス(画面を持たない)」な体験へと、確実なパラダイムシフトが起きていくでしょう。
そもそも「オムニチャネルAI」とは何か?
「オムニチャネル」とは元来、マーケティング用語であり、「あらゆる顧客接点をシームレスに統合し、顧客に対しどこからでも一貫した体験を提供する」戦略を指す言葉です。この思想をエンタープライズITとAIの世界に適用した次世代のアーキテクチャが、「オムニチャネルAI」です。
従来のシステムは、「財務の業務はS/4HANAの画面で」「人事の業務はSuccessFactorsの画面で」というように、ユーザー自らがそれぞれの専用システムという「目的地」に都度アクセスし、画面を切り替える必要がありました。
これに対してオムニチャネルAIは、「特定の業務画面に依存せず、統合されたAIがあらゆるシステムデータやプロセスを横断的に引き出し、ユーザーの目の前に染み出させる」という逆転の発想を持ちます。システム側がユーザーの居場所や文脈(コンテキスト)に合わせることで、かつてない生産性を実現するパラダイムシフトなのです。
SAPの世界におけるオムニチャネルAIスタック
では「オムニチャネルAI」を、SAPを中心とした次世代アーキテクチャに置き換えると、以下の3つの階層(スタック)に整理されます。
第1層:コアとしてのERP & DWH(SAP S/4HANA & Datasphere)
財務、購買、製造といった企業の「信頼できる唯一の情報源(データソース)」を発生させ、保持する基盤です。
ここは単なるデータの保管庫ではありません。S/4HANAが日々のトランザクション(業務処理)を通じて正確かつ鮮度の高いデータを「発生」させ、Datasphereがそれらをビジネスセマンティクス(データの文脈や意味)を保ったまま統合・管理する「Business Data Fabric(ビジネスデータファブリック)」として機能します。
後述するAIのハルシネーション(誤答)を防ぐための最重要防衛線でもあり、この層のデータモデルやビジネスルールがクリーンな状態(標準化された状態)で保たれていなければ、上層のAIは決して正しい判断を下せません。まさに、オムニチャネルAIの知能の限界を決定づける「データの入口」となる最下層インフラです。
第2層:機能・APIレイヤー
コアの複雑なデータモデルやプロセスを、AIが理解し、処理できる形へと変換する「知能と連携のハブ」です。ここにはSAP Business Technology Platform(BTP)が位置し、安全なデータアクセスの要となります。また、SAPの生成AIコパイロット「Joule(ジュール)」の推論エンジン(頭脳部分)もここに存在し、SAPポートフォリオ全体のコンテキストを統合して最適なアクションを決定します。
第3層:ユーザー・チャネル
ビジネスユーザーや開発者が実際に業務を行い、AIと対話するフロントエンドです。
SAP横断の対話チャネル(Joule):
ユーザーがS/4HANAやSuccessFactorsなど、どのSAPアプリケーションを利用していても、画面のすぐ傍らにAIコパイロット「Joule」が対話インターフェースとして存在します。ユーザーは「今はどのシステムの画面にいるか」を意識することなく、自然言語によるチャットベースで情報の引き出しや業務の実行を完結させます。
開発者向けチャネル:
開発者はSAP Business Application Studioの中でAIアシスタント(Joule)を活用し、コードを書きながら流動的にシステムを拡張します。

「Read(参照)」から「Run(実行)」へ:SAPだからこその革新
アナリティクス製品におけるAI活用は、主に「AIに聞いて、売上レポートを表示させる」といったデータの参照(Read)に留まりがちです。
しかし、これを「SAPの生成AI」を活用したアプローチへと昇華させると、変革はプロセスの実行(Run)へと劇的に進化します。これは、AIが人間のコントロールを離れて勝手に業務を進めるということではありません。AIがコパイロット(副操縦士)として文脈を読み解いて「示唆」を与え、人間の「判断と実行」を極限までスムーズにする協調モデルなのです。
現場の日常:
営業マネージャーがポータルのAIアシスタント(Joule)に「今月の売上予測と在庫状況を教えて」と問いかけます。AIは裏側でSAPのデータを横断的に取得して提示するだけでなく、「予測に対して部材Aが不足する見込みです。追加発注の起案を作成しましょうか?」と、文脈(コンテキスト)に基づいた次なるアクションの示唆(Next Best Action)を行います。
マネージャーが「はい、進めて」と指示すれば、AIがSAPの購買プロセスを即座に呼び出し、発注伝票のドラフトを自動生成します。マネージャーは最後にその内容を確認し、「承認」を下すだけで、業務が遂行されます。
これが、個別の業務画面を必要としない「オムニチャネルAI」の実践像です。AIが文脈を理解して業務の準備を整え、人間は最終的な意思決定にのみ集中する。ユーザーがどの業務を行おうとも、その根底には一貫し、統合された単一のデータ・プロセスレイヤーが機能し続けます。
クリーンコアでなければ、「オムニチャネルAI」は実現できない
一見、夢のような未来ですが、ここでデータ活用の専門家の視点から、決して見過ごせない「前提条件」を指摘します。
AIエージェントが画面を介さずにSAPのデータを解釈し、プロセスの実行を支援する際、その大元となるERPが過去の個別アドオンで複雑化し、独自のビジネスルールが幾重にも積み重なったモディフィケーションだらけの状態であったらどうなるでしょうか。
AIは複雑怪奇なシステム構造を正しく解釈できず、事実とは異なるもっともらしい回答、いわゆる「ハルシネーション(幻覚・誤答)」を起こすリスクが高まります。分析ツールにおける解釈ミスであれば「グラフの読み違え」で済みますが、ERPにおける誤認識は「誤った発注起案の作成」や「不正確な仕訳の提示」など、企業の経営に実害を与えかねません。
だからこそ、ERPの標準機能をクリーンに保ち、コアシステムを汚さない「クリーンコア」の断行が絶対条件なのです。
「出口(AIや分析)」の価値は、その源泉である「入口(基幹システムの実装方法=データの純度)」によって決定づけられます。大元のデータソースがクリーンで透明性が高くなければ、どんなに高度なAIチャネルを前面に並べても、信頼に足るインサイトや正確なプロセスの自動化は生まれません。
結論:オムニチャネルAIの真価を引き出す「クリーンコア」への投資
今までは最高の「UI」や「機能」を持つプラットフォームが勝っていました。しかし、オムニチャネルAIの時代において、人々がビジネスを組み立て、執行するあらゆる環境で「最も信頼され、最も不可欠なバックボーンとしてシームレスに存在できるインフラ」こそが、次の10年を定義します。
ERPをクリーンコアに移行することは、短期的にはアーキテクチャの変更や意識改革というコストを伴うかもしれません。しかし、それを単なる「制約」と捉えるのは誤りです。
数年後に訪れる、AI Readyな時代。その時、複雑なアドオン(技術的負債)を抱えたままでは、AIの進化を経営に取り込むことは不可能です。今、ERPのコアをクリーンに保つための投資は、未来のAI利得を確実に享受するための、最も正当な経営判断なのです。
さらに詳しく知りたい方へ:グランバレイ書籍のご紹介
本稿で解説した、AI時代における基幹システムの「入口と出口」の在り方、そして「オムニチャネルAI」に耐えうる頑健なデータ基盤の構築方法について、弊社ではさらに深いメソッドを体系化しています。
グランバレイの知見を凝縮した著書3部作『データドリブン経営の不都合な真実』『データドリブン経営実践バイブル』、そして最新刊『次世代DXの設計図』では、まさに今回触れた「入口・出口」の思想や、クリーンコアを実現するための「Fit to Standard」の重要性など、データドリブン経営を成功に導くための具体的な設計要諦を詳述しています。
これからのDX推進、そしてAIエージェント時代を見据えた経営基盤の戦略を練るリーダーの皆様にとって、揺るぎない指針となる書籍群と言えます。ぜひ、お手に取ってご覧ください。
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