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DXの次に来る「マルチエージェントシステム」:次世代の事業運営モデルとは

これまでのAIの進化は、予測AIから生成AIへと変化してきました。そして今、時代は「エージェント型AI」という新たなステージに足を踏み入れようとしています。エージェント型AIとは、環境の変化を自律的に感知し、複雑な状況を推論し、意思決定を下し、行動するソフトウェアを指します。絶えず変化するビジネス環境に、リアルタイムで適応し続ける、このエージェント型AIこそが、ビジネスのルールを根底から変える力を持っています。

今回Qlik社の事例をもとに、「エージェント型AI」と「マルチエージェントシステム」を使う次世代の事業運営モデルを考えてみます。

なぜエージェント型AIは「ゲームチェンジャー」となり得るのか?

ソフトウェアを単に「賢く」するだけでなく、初めて**「環境に適応する能力」**を与えた点にあります。もはや、静的なルールベースのソフトウェアだけで、次々と生まれる複雑な経営課題を解決することは困難です。

AIの頭脳である「基盤モデル」の能力は、ここ数年で爆発的に進化し、より速く、より低コストで、知能は指数関数的に向上しました。これは、戦略的価値の源泉が、もはやモデル自体ではなく、**「いかにビジネスに応用するか」**に移行したことを意味します。特定の業界や業務に特化させ、常に変化するワークフローに最適化された形でAIを組み込むことこそが、競争優位性を生むのです。

この変革は、企業が向き合うべき問いそのものを変え、エンタープライズソフトウェアの可能性を大きく拡げます。近年のビジネス環境は、デジタル化や社会課題の深刻化により、かつてないほど速く、複雑で、競争が激しくなっています。同様に労働市場、消費者行動、サプライチェーンといった経済環境も絶えず変動します。

経営者は今、自社にこう問いかけているはずです。「どうすれば、もっと迅速に対応できるのか?」「どうすれば、競合の先手を打てるのか?」「静的なITシステムから、ビジネスと共に進化する動的なシステムへ、どう移行すればいいのか?」と。

これらビジネス課題に対し、今、エージェント型AIが注目されています。

エージェントシステムの力:ある金融機関の事例

世界で最も競争が激しく、複雑で、規制の厳しい業界の一つである金融サービス。この業界のクライアントとの対話をし、その内容を元に具体的な事例をご紹介します。

この金融機関は、世界最大級の多様な消費者市場を相手にしています。顧客基盤は世代、所得層、居住地域も異なれば、金融リテラシーや価値観も様々です。同時に、激しい競争、変化し続ける顧客の期待、そして絶えず進化する規制やパートナー環境にも対応しなくてはなりません。

クライアントは、常に3つのプレッシャーに直面していました。

商品開発

高い利益率を確保しつつ、顧客を惹きつける商品を継続的に開発・改良しなければなりません。顧客ニーズは常に変化し、競合はすぐに対抗商品を出してくるため、時には週単位での対応が求められます。

市場戦略

グローバル銀行や地域パートナー、自社の直販部隊など、複数の販売チャネルを管理しています。各チャネルはそれぞれ要求が異なり、競合も同じ市場でシェアを奪い合っているため、販売インセンティブの最適化や関係強化に対するプレッシャーにたえずさらされています。

人材・組織

高い離職率は、継続的な再教育コスト、知識の流出、営業パフォーマンスのばらつきを生みます。営業リーダーは、極めて予測困難な環境下で業績目標を達成するという難題を常に抱えていました。

金融サービス市場は、決して止まりません。競争、人材の流動、需要の変化、パートナーとの関係性、変動するリスクなど、すべてが絶えず動く「生きたシステム」といえるでしょう。従来のダッシュボードも、単一の予測モデルも、人間が設計した固定ワークフローも、この変化のスピードに追いつくことはできませんでした。

エージェント型AIとマルチエージェントシステム

このような複雑な課題に対し、エージェント型AIは真価を発揮します。

硬直した単一のシステムではなく、**それぞれが特定の役割を持つ、自律的かつ協調的に行動する「知能エージェントのネットワーク」**を想像してみてください。それはまるでデジタルの生態系のように、絶えず環境を感知し、学習し、行動するのです。

今回のシナリオは、主要な業務プロセスを、それぞれが特定のタスクを担うエージェント群に分解することです。各エージェントは明確なKPIによって成果が評価され、その内部には、目的に特化したLLMや特定のタスクに最適化された小規模言語モデル(SLM)、ナレッジベースなど、複数のAIモデルが組み込まれています。

DXの次に来る「マルチエージェントシステム」:次世代の事業運営モデルとはの図1

このクライアントのシナリオでは、例えば以下のようなエージェントが考えられます。

マーケティング・エージェント

市場の需要シグナルの変化を検知し、顧客獲得とブランド認知を最適化する。

評価指標: 顧客獲得単価(CAC)、チャネル効率、リード転換率など

収益最適化エージェント

価格と需要のシグナルを新製品の機能と結びつけ、リアルタイムでの価格設定やプロモーションを通じて収益と利益率を最大化する。

評価指標: 機能採用率、販売数量、取引当たり収益など

営業生産性エージェント

リアルタイムの商談データに基づき、営業担当者へ「次に取るべき最善の行動」や必要なトレーニングを提示し、営業組織全体のパフォーマンスを向上させる。

評価指標: 担当者別ノルマ達成率、販売サイクル、新人育成期間、離職率など

リスク管理エージェント

不正検知シグナルや市場変動などのデータをリアルタイムで統合し、成長とリスクのバランスを最適化する。

評価指標: 損失率、リスク調整後リターン、各種コンプライアンス指標など

カスタマーサービス・エージェント

各部門のデータを統合し、顧客対応の質とスピードを向上させ、ロイヤルティ向上と解約率低減を推進する。

評価指標: 顧客維持率、ネットプロモータースコア(NPS)、コール解決時間など

各エージェントが個別に機能するだけでも価値はありますが、本当の変革は、これらのエージェントが相互に連携する**「マルチエージェントシステム(MAS)」**を形成したときに起こります。個々が自律的に動きながらも、全体として協調することで、単体では実現不可能な価値を生み出すのです。

DXの次に来る「マルチエージェントシステム」:次世代の事業運営モデルとはの図2

これが、このクライアントが目指す長期的なシナリオです。複数のエージェントが、組織の壁を越えて連携するエコシステムです。

  • マーケティング・エージェントが需要の変化を検知し、収益エージェントに新たな価格設定のテストを指示する
  • 収益最適化エージェントはリスク・エージェントと連携し、コンプライアンスを遵守しつつ安全な成長を確保する
  • 営業生産性エージェントはこのインサイトを活用して提案を最適化し、カスタマーサービス・エージェントは現場の声を製品開発にフィードバックする
  • このような連携から生まれる構造は、あらかじめ設計されたルールに従うものではありません。自ら学習し、協調し、環境に適応していく、まさに「生命体」のような動的なシステムといえます。ビジネスの状況をリアルタイムに映し出し、共に進化していきます。

    未来は、すでに始まっている

    確かに、このシナリオは野心的です。しかし、これが未来のビジネスの姿であり、多くの先進企業が、すでに取り組み始めています。

    このクライアントも、一夜にすべてを実現しようとしているわけではありません。まずは特定の領域からスモールスタートで始め、段階的に育てていくアプローチを取っています。なぜなら、これらのシステムの構築には、新たな発想、新たなツール、そして新たなデータ基盤が不可欠だからです。

    もはや、静的なシステムがビジネスの成長を牽引する時代は終わりました。
    これからは、変化をリアルタイムに感知し、自ら適応し続ける「生きたシステム」こそが、企業の新たな競争力となります。

    その未来に向けた変革の第一歩を、今こそ踏み出す時です。

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